伽羅通信

鎌倉十三仏巡り 十番札所 来迎寺

時宗の古刹でやすらぐ 流浪の仏様をたずねて

鎌倉駅から幡宮の流鏑馬馬場を通りぬけ、源頼朝の墓を過ぎて歩くこと約25分。
閑静な住宅街にたたずむ十三仏巡拝 第十番札所「来迎寺(らいこうじ)」に到着しました。あたり一帯は、大倉幕府の西門にあたることから、地名もみやびな西御門(にしみかど)とよばれてきました。
この由緒ある地に深く根ざし、鎌倉新仏教のなかでも庶民から熱狂的に支持された時宗ならではの、こころのこもったおもてなしとご住職の特別講話。そして鎌倉でいちばん美しいと讃えられる仏様との出会いをご紹介いたします。

鎌倉十三仏霊場 十番札所 来迎寺 ※写真の転載不可。
写真は4月に撮影しました。

ご本尊の脇で艶然と微笑む 鎌倉で最も美しい仏

掃き清められた参道を登る

掃き清められた参道を登る

平成5年に落成した本堂に入ると、畳の上に赤いカーペットが敷かれ、椅子と机、透明カバーの冊子が用意されていました。(正座でなくてひと安心)席に着き目をあげると、中央のご本尊、阿弥陀如来が優しいまなざしで、こちらをごらんになっています。正徳2年(1712)、鎌倉仏師三橋薩摩の造立で、十三仏では五道転輪王(三回忌)とされています。左手の「地蔵菩薩坐像」は、もともとは報恩寺の本尊でしたが、ゆえあって太平寺から法華堂を経て、この寺に移られました。右手の「如意輪観音半迦像」は、東慶寺の「水月観音」とならんで「鎌倉で最も美しい仏像」といわれ、源頼朝の法華堂で北条政子の念持仏とされてきました。しかし、最近では南北朝時代の作と考えられています。じつに生き生きと微笑む観音様で、どことなくモダンで異国情緒や体温すら感じます。妖艶な視線と大胆なポーズに思わず息を呑む思いでした。鎌倉仏像独自の「土紋」装飾も拝見。この鎌倉を代表する観音様もまた、明治の廃仏毀釈の荒波で法華堂からやむなく流転。今は、来迎寺本堂でやすらかに時をすごすお姿を拝見していると、人智の及ばないふしぎな「ご縁」を感じました。

庶民目線に立つ、時宗ならではの心配り

静かな谷間を彩る季節の花

静かな谷間を彩る季節の花

ご住職はまず、ミモザで知られる同名の「来迎寺」(材木座)とよく間違えられるというエピソードを紹介し、本堂に笑い声が広がります。参加者たちの気持ちがくつろいだところで、特別講話をスタート。お話がリズミカルでユーモアたっぷり、1時間余があっという間に過ぎました。十三仏参拝用につくられた15ページもある冊子はきちんと製本され、入り組んだ寺の歴史と仏像の来歴や宗旨のことをやさしく解説。年配者に配慮した大きな文字に、あたたかな心配りを感じました。「三尊礼」という声明(お経)のページは、上段に「原文」中段に「読み下し文」、下段に「現代語意訳」が記載され、初めての人にも意味が一目瞭然。宗教話につきまといがちな高い位置からの説教臭がなく、すなおな気持ちで講話を聞くことができました。若きご住職が教鞭をとられていることもあるのでしょうが、庶民の目線で信仰を追求する、時宗ならではの血の通った配慮を、あらためて感じました。

鎌倉大地震犠牲者の菩提をとむらう

真っ白い漆喰の壁が明るく映える

真っ白い漆喰の壁が明るく映える

ご住職の冊子によると、来迎寺の創建は、正応10年(1293)のこと。その年の4月13日、鎌倉は未曾有の大地震に襲われ、死者は2万3千人余人。建長寺が崩壊・焼失する壊滅的な被害でした。この震災で犠牲者が多かった西御門村人の菩提をとむらうため、一向上人の名によって来迎寺が建立されたそうです。
鎌倉から室町時代にかけて、西御門には、いくつもの大寺の堂塔伽藍が甍をならべていました。来迎寺の裏手には、かつて鎌倉尼五山第一位の太平寺があり、今はテニスコートに姿を変えています。また、隆盛を誇った報恩寺や保寿院も歴史の彼方に消滅し、現在は第二中学校が跡地に建っています。大きな寺がすべて消失し、小さな来迎寺がなぜ生き残ったのか?「葬式仏教だからですよ」と、さりげなく語りながらも、ご住職の瞳には、地域の信者のこころに、しっかり根ざしている寺の誇りが、明るく灯っている気がしました。来迎寺では、十三仏(阿弥陀如来・五道転輪王)に追善供養の祈りを捧げ、美しい如意輪観世音に拝顔するだけでなく、ぜひ、ご住職のお話を聞くことをおすすめいたします。きっと、鎌倉時代に民衆の心をがっしりととらえ、熱狂的な信仰を集めた時宗ならではの、本物の安堵や信頼感に、そっと触れることができることでしょう。

大災害に負けず、力強く復興した鎌倉人

慰霊と復興を願う人々

慰霊と復興を願う人々

三宗派の祈りがひとつに

三宗派の祈りがひとつに

来迎寺訪問からしばし時を経た2011年3月11日。突如襲来した大地震と大津波で、 東日本各地は甚大な被害を負いました。それから1か月経った4月11日、八幡宮で「東日本大震災・追善供養と復興祈願祭」が開催。神官と仏僧、牧師や神父が、宗教・宗派を超越して「舞殿」に居並び、それぞれのスタイルで慰霊と復興への真摯な祈りを捧げました。見守る信者や参加者たちの表情も真剣そのもの。境内では千羽鶴の奉仕や、神社では異例な焼香に長蛇の列ができ、天薫堂がご奉納したお香が、八幡宮の境内に馥郁と香りたちました。つづけて、三宗派の指導者、信者、参加者たちは、歩を揃えて若宮大路を南下しながら托鉢(義援募金)を行い、由比ヶ浜で再度、慰霊と復興への祈りとお焼香を捧げました。 もし、地下に眠る鎌倉人たちがこの光景を見ることができたなら、うらやましがると同時に「負けないで!」と声をかけてくれたのではないでしょうか。なぜなら、鎌倉時代を生きたご先祖たちは、先述した718年前の鎌倉大地震だけでなく、台風、津波、大火災、洪水など自然災害にくりかえし襲われながらも助け合い、雄々しく立ち直ってきたのですから。

来迎寺(らいこうじ)

住所

〒248-0004
鎌倉市西御門1-11-1

電話番号

0467-24-3476

拝観時間

午前10時00分~午後12時00分
午後1時00分~午後4時00分
(雨天、8月のお盆時期、12月30日、31日は拝観不可)

拝観料

200円(小中学生100円)

アクセス

JR鎌倉駅東口徒歩約25分
JR鎌倉駅東口京急バス4、5番乗場より
鎌20:大塔宮(八幡宮)行
鎌24:金沢八景駅(八幡宮・浄明寺・鎌倉霊園正門前太刀洗)行
鎌23:鎌倉霊園正門前太刀洗(八幡宮・浄明寺)行
鎌36:ハイランド循環(八幡宮・浄明寺)行
「岐れ道」下車徒歩約8分

詳細

山号は、「満光山来迎寺」。宗派は藤沢の遊行寺を本山とする時宗。西御門の閑静な住宅街に所在し、境内への階段登り口には鎌倉尼五山の第一位太平寺跡の碑があります。一向上人が鎌倉時代中期に建立したと伝えられ、平成になって本堂を改築。鎌倉の仏像の中でもひときわ名高い如意輪観音の魅力的な微笑をひとめ見たいと数多くの人々が訪問しています。

天薫堂おすすめ商品

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