伽羅通信

鎌倉十三仏巡り 七番札所 海蔵寺

伝説と四季の花々に彩られる湧水の海蔵寺

扇ケ谷の深い緑に囲まれた海蔵寺は、四季折々に美しい花の寺として知られ、プロアマ問わず絶好の撮影ポイントとなっています。また、豊富な湧水の「底脱ノ井」、「十六井戸」など水の寺として、さらに「啼(なき)薬師」や「殺生石」など、実に多彩な伝説が息づく禅宗の古刹です。今回は本堂と庭園が特別公開されると聞いて、期待を胸にたずねてみました。

鎌倉十三仏霊場 七番札所 海蔵寺 ※写真の転載不可。
写真は昨年撮影しました。

冬景色の境内で目に鮮やかな朱傘のお出迎え

ゆるやかな坂を登っていくと参道がある

ゆるやかな坂を登っていくと参道がある

いつ来ても花の名所に恥じない

いつ来ても花の名所に恥じない

まず、門前の「底脱ノ井」(鎌倉十井の一つ)を拝見してから、石段をのぼって山門をくぐりました。正面には本堂の青磁色の甍がそびえ、右手には鮮やかな朱傘が人待ち顔に立っています。応永元年(1394年)創建のここ海蔵寺は、知らぬものとてない鎌倉屈指の花の名所。春のカイドウや秋のハギをはじめ、境内のいたるところでユキヤナギ、シャガ、ツツジ、ヤマブキ、ハナショウブ、キキョウ、モミジ、スイセンなどが四季を彩り、境内は薫りにつつまれます。その花々をめあてに、まるで蝶や蜂のように寺を訪れる観光客の多くは花の美を満喫するだけで、舞台裏での植栽、施肥、剪定など、寺の方々のたゆまない丹精には無関心なのでしょうか。庭の隅々には小さな札が立てられ、苔や草を踏まないようにとの注意がさりげなく書かれているのが気にかかりました。

寺の永き歴史を物語る伝説の数々

こまやかな配慮が行き届いた庭ごしらえ

こまやかな配慮が行き届いた庭ごしらえ

境内の奥に眠る苔むした洞窟たち

境内の奥に眠る苔むした洞窟たち

左手に建つ小ぶりな仏殿(薬師堂)は、江戸時代に浄智寺から移築されました。堂内には薬師三尊像が安置され、中央の薬師如来像は、別名を啼薬師、児護(こもり)薬師と呼ばれています。その昔、夜な夜な寺の裏山から聞こえる悲しげな泣声を気にかけた開山・源翁禅師(げんのうぜんじ)がたどってみると、金色の光と芳香が漂う古い墓石にたどりつきました。そこで袈裟をかけると赤子の泣声がぴたりとやんだそうです。翌朝、墓を掘ると薬師様の御顔が出現。奇瑞を感じた開山は、薬師如来像を新たにつくり胎内に納めて祀りました。その胎内像は61年に一度開帳されます。ちなみに、金槌(かなづち)を玄能(げんのう)と呼びますが、これまた源翁禅師が「殺生石」を杖で打ち割ったという伝説に由来するそうです。薬師堂の裏手にまわると神秘なたたずまいの「十六井戸」。鎌倉時代に作られた洞窟内の16個の小型井戸は、今もこんこんと湧き出る霊験あらたかな功徳水を湛え、中央に石造りの観音菩薩像と弘法大師像が安置されています。

特別公開の庭園でしばし親しむ禅の心

今もわき水の絶えない「底脱ノ井」

今もわき水の絶えない「底脱ノ井」

江戸時代に建てられた茅葺きの庫裡(くり)は、鎌倉の庫裡建築を代表する建造物です。その横手から本堂に入って貴重な寺宝などのお話を伺い、つづいて、本堂と庫裏の背後にひろがる特別公開の庭園をじっくり拝見しました。自然を尊ぶ禅宗では「乞わんに従う」の言葉どおり、地形や岩、樹木の要求に素直に従って作庭するそうです。廊下に端座して「心字池」を中心にした石と植物と水が織り成す空間美を眼前にしていると、自分が一幅の絵の一部になったようで、知らず知らず心が澄んでくる気がしました。寺の略縁記によると、庭の草木が四季折々の風情をかもし出し、湧水が枯渇することなく池水を満たして、禅の不動心を表わしているそうです。

こころなき振舞いにはご住職の一喝

「啼薬師」が収められた仏殿

「啼薬師」が収められた仏殿

海蔵寺から帰り、追加取材をしている際、ご住職叱咤の体験談を聞くことができました。季節の花を真っ先に撮影しようと早朝から寺に押しかけ、あせって下草や苔、草花の芽を踏みにじる一部のカメラマンたち。そのこころない振舞いを目にする、ためらうことなく「一喝(いっかつ)」するご住職の姿は、さぞ怖かっただろうと想像できます。寺の花々はそのままで美しく咲くのではなく、植え育て見守る寺人の心配りと汗の結晶なのですから。それを踏みにじってシャッターを切ったところで、花たちは本心から微笑んではくれないでしょう。さらに言えば、ご住職の真正面からの「喝」は臨済宗の真骨頂。ともすればルールやマナーを放置して、しかも真剣に叱られることの少ない現代人たちへの、きびしくも、ぬくもりのある警鐘とも受け取ることができます。ともあれ今回は、海蔵寺ならではの魅力を再発見した、かけがえのない訪問となりました。

用語解説

殺生石伝説
(せっしょういしでんせつ)

修業を完成して、真理すなわち悟りを開いた仏。釈迦が悟りを開いた後の姿が基本で衣をまとっただけの質素な姿、装飾品なし。ただ大日如来は例外で冠を冠っています。薬師如来以外は物を持たず、頭の頂上に盛り上がりがあり髪型は渦巻き状です。
釈迦如来(唯一現世で悟りを開いた実在の人物である釈迦)。盧舎那仏。薬師如来。阿弥陀如来。大日如来など。

底脱ノ井(そこぬけのい)

鎌倉十井の一つで、海蔵寺山門右側のやぐら内にあります。言伝えによると、その昔、安達泰盛の娘千代能が参禅した折、この井戸の水を汲むと桶の底が抜け、同時に、心の中にあった煩悩が氷解し、悟りの境地に達したといわれています。その時に千代能が、「千代能が いただく桶の 底ぬけて 水たまらねば 月もやどらじ」と歌ったと伝えられ、この名がついたといわれています。

(かつ)

禅宗では、本来叱咤(しった)の声で、相手が言句(ごんく)を差しはさむ余地を与えないために用いられた言葉です。9世紀の中国で、最初に喝を放ったのは馬祖禅師で、叱咤された弟子の百丈禅師は「私は昔、馬祖和尚に一喝せられて、三日間何も聞こえなかった、それほどすさまじい一喝でした」と語っています。この馬祖の一喝が後に、臨済宗の開祖、臨済禅師によって文字どおり活を吹き込まれ、「臨済」といえば「喝」といわれるようになりました。(臨済宗公式サイトより抜粋)

海蔵寺(かいぞうじ)

住所

〒248-0011
神奈川県鎌倉市扇が谷4-18-8

電話番号

0467-22-3175

拝観時間

午前9時30分~午後4時

拝観料

志納(十六井戸拝観は100円)

アクセス

鎌倉駅西口より徒歩約20分

詳細

臨済宗建長寺派。山号は「扇谷山」。建長五年(1253年)、真言宗の寺跡に宗尊親王の命により藤原仲能が本願主として七堂伽藍を再建。鎌倉幕府滅亡(1333年)のおり烏有に帰し、応永元年(1394年)上杉氏定が源翁禅師(心昭空外)を開山に招いて菩提寺としました。本尊は薬師如来(太山王)。寺宝には嘉元4年(1306年)銘の阿弥陀三尊来迎図板碑、木造の大形古位牌。狩野探信筆による雲龍・山水の図、藤原義信筆による牡丹唐獅子図など。

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