伽羅通信

鎌倉十三仏巡り 九番札所 浄光明寺

古刹に息づくかけがえのない歴史遺産

鎌倉駅からゆっくり歩き、寿福寺前の踏切を渡って約15分で、落ち着いたたたずまいの浄光明寺に到着しました。十三仏巡拝の第九番札所にあたるこの古刹には、鎌倉仏を代表する阿弥陀三尊像、五輪塔、矢拾い地蔵や冷泉為相の墓など数々の文化財と史跡、足利尊氏の興味つきないエピソードなどで彩られています。しかし今回は、現代に息づく歴史遺産との出会いについてご紹介します。

鎌倉十三仏霊場 九番札所 浄光明寺 ※写真の転載不可。
写真は2月に撮影しました。

ご住職の徹底した古文書研究と史実追求に感服

崖の屏風を背に歴史を紡ぐ古刹

崖の屏風を背に歴史を紡ぐ古刹

源頼朝ゆかりの不動堂

源頼朝ゆかりの不動堂

時間ぴったりに客殿の一室に案内され、手作りの資料を手渡されました。二枚はびっしりと書きこまれた760年にわたる寺の年表。一枚は敷地古絵図の写しです。黒い作務衣姿の若いご住職は、僧侶というよりは歴史学者の雰囲気で、寺の誕生から足利家の帰依と寺領寄進などについて、よどみない口調で入念に講義。言葉の端々から古文書研究の深さや、なみなみならない学識が伝わってきました。まるで大学のゼミのようで、最初は戸惑っていた30名ほどの参加者たちはやがて話に引き込まれ、一時間余があっという間に経過。教室で聞くのとは違って、歴史を刻んだお寺の雰囲気が理解を手助けしてくれたようです。歴史を頭に入れてから、裏手の収蔵庫で諸仏に合掌。急坂を登り、網引地蔵や冷泉為相の墓を拝観しました。ご住職は、墓の玉垣は徳川光圀が寄進したと伝えられているが、誤解に基づく伝説であると断言。古文書を分析し冷泉家の子孫に問い合わせるなど、とことん調べたそうです。その真摯なまなざしから、「この寺は、どこかちがう!」との印象を強く受けました。

鎌倉仏像彫刻の傑作「阿弥陀三尊像」を拝観

すり減った石段を登る

すり減った石段を登る

阿弥陀堂ごしに市内を望む

阿弥陀堂ごしに市内を望む

収蔵庫で拝した阿弥陀三尊は1299年頃の作で国の重要文化財。慈愛に満ちた阿弥陀如来坐像、脇侍の観音菩薩・勢至菩薩(都市王)とも宋朝様式の影響をうけた、鎌倉を代表する名像です。かたわらの地蔵菩薩立像も見のがせません。ところで、十三仏巡拝で自分の無知を痛感してきたのが、数多い仏さまの見分け方でした。誤解を恐れず自分なりに整理してみると、悟りを開いた「如来」は社長、悟りを開こうと修行を積む「菩薩」は取締役、救い難い衆生を帰依させる「明王」は鬼部長で、仏法を守護する「天部」は敏腕課長といったイメージでしょうか。
また最近、米国大統領が訪問して話題になった長谷の大仏様を、与謝野晶子は「かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼(しゃかむに)は…」とうたいましたが、正しくは「阿弥陀如来」とか。
いずれにしても、仏様の役割や姿形について、もっともっと勉強しなければならないと反省しました。

垂直な断崖を龍のごとくに駆けくだる巨樹

やぐらをけなげに守る不動明王

やぐらをけなげに守る不動明王

講話と寺内見学が終了し、客殿の裏庭を特別に拝観しました。垂直に切り立った断崖を見上げると、頂上近くに根を張った槙の巨木が、雲から駆けくだる龍のように直下の池まで枝を広げています。まさに圧巻!しばし言葉を忘れ、ただただ見入るばかりでした。この巨樹が見守ってきた浄光明寺は、元弘三年(1333年)に浄土・華厳・真言・律の四つの勧学院を建て、学問の道場となったそうです。いわば総合大学で、先進国の宗から輸入した貴重な仏典は、ここで研究したり議論されたのです。きっとご住職は学問修行の血統、つまりは浄光明寺の精神遺産を脈々と受け継がれているのでしょう。さらに言えば、八幡宮の大銀杏が倒れた今、裏庭の巨樹は鎌倉のあたらしいシンボルになるような気がします。浄光明寺には、未だ世間に知られることの少ない、かけがえのない歴史遺産が力強く息づいています。またひとつ増えた、お気に入りの鎌倉。ぜひ一度、足を運ばれたらいかがでしょうか。

仏様の役割と姿形

如来(にょらい)

修業を完成して、真理すなわち悟りを開いた仏。釈迦が悟りを開いた後の姿が基本で衣をまとっただけの質素な姿、装飾品なし。ただ大日如来は例外で冠を冠っています。薬師如来以外は物を持たず、頭の頂上に盛り上がりがあり髪型は渦巻き状です。
釈迦如来(唯一現世で悟りを開いた実在の人物である釈迦)。盧舎那仏。薬師如来。阿弥陀如来。大日如来など。

菩薩(ぼさつ)

成仏を求め(如来になろうとして)修行を積む仏。釈迦が修行中で王子だった頃の姿が原形なので、冠、首飾、イヤリングなど装飾品を身に付けた姿。髪型は高く結いあげています。
観音菩薩、普賢菩薩、文殊菩薩、弥勒菩薩など。

明王(みょうおう)

教えに従わない救い難い衆生を力づくでも帰依させる仏。如来が姿を変え(化身)人々を救うためものすごい形相になっています。如来や菩薩は蓮台に座していますが、明王は岩や動物などに座し、武器をもっていたり、目や手の数が多かったり、際立った特徴があります。 不動明王、降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王など。

天部(てんぶ)

仏法を守護する護法善神となった仏の総称。古代インドの神々が土台となって生まれました。明王と同じく多種多様、弁財天のように性別がはっきりしている仏もいらっしゃいます。
四天王、八部衆、金剛力士、吉祥天、弁才天、帝釈天など。

勢至菩薩
(せいしぼさつ)

阿弥陀三尊の右脇侍で、仏の智門を司り、衆生の菩提心を起こさせます。智慧の光を持って一切を照らし衆生が地獄・餓鬼界へ落ちないように救う菩薩で、十三仏の一周忌本尊。

都市王(としおう)

勢至菩薩の化身。1年目に裁かれる亡者に「法華経」と阿弥陀仏を造立すれば苦を除くことを説く王。

浄光明寺(じょうこうみょうじ)

住所

〒248-0011
神奈川県鎌倉市扇が谷2-12-1

電話番号

0467-22-1359

拝観時間

<境内>午前9時~午後5時
<収蔵庫・山上>午前10時~正午、午後1時~午後4時
月・火・水・金曜(祝日は除く)、雨天多湿日および8月、年末年始は閉庫。

拝観料

境内無料。収蔵庫・山上拝観料200円。

アクセス

鎌倉駅から徒歩約15分

詳細

真言宗泉涌寺派。源頼朝の願いで文覚上人に建てさせた堂が始まりと伝えられ、建長3年(1251年)、鎌倉幕府の六代執権北条長時が真阿(真聖国師)を開山として創建しました。元弘三年(1333年)には、後醍醐天皇の皇子成良親王の祈願所となる一方、浄土・華厳・真言・律の四つの勧学院を建て、学問の道場となりました。建武二年(1335年)のこと、足利尊氏はこの寺にこもり、後醍醐天皇への挙兵を決意しました。

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